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『チベット語になった『坊っちゃん』』を読んで

『チベット語になった『坊っちゃん』』作者さまのブログ
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感想文書いてみました。
文章つづるのホントにダメなので、
ご笑覧いただけますれば幸いに存じます。
(もじもじ)
  ↓


読後感想文を書こうと思い、目を通すだけのつもりで再読するたびに無作為にページを開いてもそのまま読み込んでしまい、戻れないまま読み終えてしまい、
感想文を書くまでに時間がかかってしまいました。

作者さまのチベットでの経験談を読んでいるはずなのに、
日本の歴史や未来を比較している自分に気付かされます。
試行錯誤しながらすごい速さで熱心に日本語の小説を翻訳していくチベットの人たちを思うと、
まるでこの本を読んでいる日本人、そして日本を読み解かれていくような気持ちすら覚えてくるから不思議です。

「日本の国土に自然に神と仏を見る詩情は、チベットの仏教徒には理解不能の文化なのである。」
とあらかじめスタンスをはっきり置かれたことで、
かえってチベット人にちかしさをもって読みすすめることができたように思います。
(共感を強いられる、というイメージがなかったためにかえってすんなり溶け込めたのだと思います。)

子供の頃、学校の推薦図書になっているので読みたくない、とまで思っていた「坊っちゃん」ですが、
なんだか面白い物語だったように思えてきました。
(たしかに、「すこぶる」という言葉を覚えたのは夏目作品からだったという記憶があります)

「学ぶ楽しさ」(だと私が思っていたはずの物)が生死に関わってくるくらい濃密な存在へ
変化していくような気がしました。
生徒達の集中力を研いでいく様子は緩急自在な熟練講師の指導技術を見るようで
とても面白く読み進めました。(面白い、という表現は不謹慎でしたでしょうか・・)

表紙と見返しにある作者ご本人の直筆を拝見して、その几帳面な字体に
龍の年、上海のある暑い日に通り過ぎたバックパッカーの青年を
ふと思い出して、ときめいてしまったのはナイショです。

最後に、ここで中国のことわざらしいモノを引っ張り出すのはとても恐縮なのですが、
「井戸を掘った人を忘れるな」
というのを聞いたことがあります。
この草原に播かれた日本語の種の物語は、
井戸を掘りあげた人の信念の物語でもあると思いました。

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追記1月9日**************
この、中国の格言を検索してみましたら、
「水を飲んで井戸を掘った人を忘れず」
革命のために犠牲になった人を忘れるなという意味らしいです。
日中国交回復に尽くした人の意味にも使われます。「水を飲みて源を思え」
真紀子タンが中国に行ったときに言われて感激したとかなんとか・・・。

by fanson2004 | 2006-01-07 11:52 | つれづれ日記

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