蒙古襲来「東京国立博物館」

今日(11月29日)までなのに気づいてあわてて行ってまいりました!
御即位20年記念特別展「皇室の名宝―日本美の華―」






に゛ゃ~!!
重くってイヤイヤ買って帰ったカタログに眼を通しつつ、
いろいろ間違え(カン違い)ているのに気がつきました・・・しょんぼり。
時間のあるときに注釈入れるかもです・・・。










・建物の入り口で20分待ち
・音声ガイドは 500円
・小野道風って蛙のあの人だよね。子供の頃良く親から
 聞かされた逸話を思い出し、帰宅してウィキ↓してみる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ウィキから一部抜粋
逸話

小野道風と蛙道風は花札の絵柄になっている人物としても知られている。道風は、自分の才能のなさに自己嫌悪に陥り、書道をやめようかと真剣に悩んでいる程のスランプに陥っていた時のこと、ある雨の日散歩に出かけていて、柳に蛙が飛びつこうと、何度も挑戦している様を見て「蛙はバカだ。いくら飛んでも柳に飛びつけるわけないのに」とバカにしていた時、偶然にも強い風が吹き発心し、柳がしなり、見事に飛び移れた。これを見た道風は「バカは自分だ。蛙は一生懸命努力をして偶然を自分のものとしたのに、自分はそれほどの努力をしていない」と目が覚めるような思いをして、血を滲むほどの努力をするきっかけになったという。ただし、この逸話は史実かどうか不明で、広まったのは江戸時代中期の浄瑠璃『小野道風青柳硯』(おののどうふうあおやぎすずり、初演1754年(宝暦4年))からと見られる[2]。その後、第二次世界大戦以前の日本の国定教科書にもこの逸話が載せられ、多くの人に広まった。

この逸話は多くの絵画の題材とされ、花札の絵柄もこの逸話を題材としている[3]。また現在では東名高速道路上での春日井市のカントリーサインの絵柄にこの絵が採用されている。

脚注
1.^ 名前の読みは「みちかぜ」だが、「とうふう」と有職読みすることが多い。
2.^ その少し前、1750年(寛延3年)に三浦梅園が随筆『梅園叢書』に書いているが、刊行されたのは1855年(嘉永7年)。
3.^ 花札の絵柄に小野道風が採用されたのは明治時代からと見られる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・抜粋終わり

本当に予備知識を何も入れずに飛び込んだ為、
あとで「あれも見ておけば」等々思うことも。

・外国人観光客が黒山になっているので何をそんなにと覗いてみたら。
b0022959_21301552.jpg

「蒙古襲来」のしかも右側の馬とか矢が刺さって血しぶき上げてる場所でみんな動かないよ。
 静かに息殺して興奮してる感じでなんだか怖かったよ。
もう、誰が展示内容を采配したのか知りませんが、喰いつき良すぎ(微苦笑)。

・「天子摂関御影」に1人、肌の浅黒いイケメンが混じってるんですが!
 「花園天皇」・・・明らかに他の方々とは違わなくないですか?(ドキドキ)
・「短刀 無銘 志津(名物浮田志津)」の飾りを見て、
 「魚用のナイフにはこういう飾りがついてるよねー」と思いつつ見ていたら、
  竜のウロコが葡萄の房とつるに見えなくも無いなあ、とか、ふやーっとデザインが
  決まるまでのドラマみたいなものを妄想してしまいました。

「ちょっとコンビニ行って来る」みたいな感じの1000年の壁がそこにありました。
 残念ながらなんと書いてあるのか私にはさっぱり読めませんでしたが、
 これですらすら読み解けてしまえたら本当に楽しそうだと思いました。

帰宅して、万歩計を見たら「9307」歩!
・・・たぶんいつもの4日分くらいでしょうか。
健康増進に美術館、博物館通いはオススメかもしれません。

最後までお読みいただきありがとうございました。
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by fanson2004 | 2009-11-29 21:32 | つれづれ日記

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